逆境の時「長寿経営者の名言」を知る!

 

頭で汗を流し、体で考えて、刻苦を乗り越えてきた経営者。

はじめは、小企業の創業者であったはず。

企業経営を成功に導いたのには「経営者魂」があるからです。

 

松下幸之助「私の成功は病弱だったこと」

 

「私の成功は、病弱で自分でできないので人を使い、働いてもらい、人をいかしたのや」と。

松下幸之助は明治以来の日本の実業家で、トップ3に入る名経営者。裸一貫、9歳で丁稚奉公から出発して、一代で日本を代表する世界的企業・パナソニックを築き上げ、94歳の長寿を保った。

その成功の秘訣は、意外なことに「病弱だったこと。それが成功の最大の要因です」と答えています。

 

松下氏は、8人兄弟姉妹の三男で末子。子供のころ、父親が米相場で失敗して破産。病弱な家系で、1年ほどの間に兄二人、長姉も相次いで死亡。残った姉二人も亡くなった。

貧乏神、疫病神、死神に一度にとりつかれた。

幸之助本人も生まれつき病弱で、結核で寝たきり生活となり、30代までは生きられまいと覚悟していた。

 

病弱なので安定して勤務ができない。23歳で電灯会社を辞めて商売を始めた。

健康に不安があったので、40代まで養生しながら働き、人に仕事をしてもらい、任せざるを得なかった。

「人間万事塞翁が馬」この不幸が逆にバネとなって大松下への発展につながったのだから人生はミラクルです。

「もし、健康だったら、仕事を全部自分でやろうとして、そこそこの成功で終わっていたかもしれない」と。

病気がちで仕事ができない。

このため「人づかい、人を動かし、人を活かし、人を育て」

自らは社員に頑張ってもらう、人使い・マネージメントに神経を集中した。

「ワシが、ワシが・・・」ではなく、人に任せる人使いの達人、「経営の神様」となり、経営に徹したのです。

 

「一病息災」、「身体と病気を大事に扱い、病気ともうまく付き合っていく」というやり方は50歳ごろまで続くが、無我夢中で働くうちに、健康になってきた。

 

60歳のころ、易者から長命の相ありといわれ元気百倍。

彫刻家、平櫛田中の「今やらねばいつできる、おれがやらねばいつできる、おれがやらねば誰がやる」に感激して、長生きするぞと決意、養生に徹した。

 

85歳の時の言葉に「病弱と寿命は別。弱い人は弱いなりに、順応した生活態度をすれば、頑丈な人とは違って寿命を保てます」

「特別の健康法はしていない。弱い身体を丈夫にしようとは考えずに、弱いままに何とか健康維持を考えました。それが一病長寿につながった」がある。

 


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